渋治の書庫

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メンテ中

渡り

 
 
 
おとうさま
あのひとは
どうして
あちらをむいたり
こちらをむいたり
ばかりしているの


娘や
あの人は
あちらを向いたら
こちらが
こちらを向いたら
あちらが気になって
仕方がないのだよ






おとうさま
あのひとは
いつになったら
わたることが
できるの



娘や
あの人は
いずれ
時期がきたら
渡ることが
出来るのだよ



おとうさま
じきってなあに
 
 
娘や
時期というのは
最良の時なのだよ
 
 

さいりょうのとき?




おとうさま
わたしたちも
じきがきたの



娘や
私達も
時期がきたのだよ



おとうさま
わたしたちは
どこに
わたるの




娘や
私達は
これから
あたたかいところに
渡るのだよ




おとうさま
あたたかいところは
よいところ




ああ
よいところだよ
 



おとうさま
しろいとりさんが
いっぱいとんである


ああ
娘や
白い鳥が
たくさん
飛んで在るね
さあ
私達も
そろそろ
渡るよ


 
おとうさま
わたしたちも
わたるの?



ああ
ここも
随分と
寒く
なってきたからね
 





お二人さん
そろそろ
よいかしら



ああ
かあさん
待たせたね
そろそろ
行こうか



おかあさま
どこに
いっていたの



娘や
おかあさまは
おじさんに
ご挨拶
してたのよ
いつも
私達に
おいしい
パンを
下すった
おじさんにね



おかあさま
わたしも
ごあいさつ
したかったわ



娘や
おまえは
おとうさまと
ずっと
おしゃべり
していたのだもの



おかあさまわたしも
ごあいさつ
したかったわ



娘や
もう
行かなくては
ならないの
ほら
みんな
飛び立って
行ってるわ



おかあさま
わたしも
ごあいさつ
したいわ



かあさん
少しなら大丈夫だよ
娘もご挨拶が
したいのだよ
いつも
私達に
おいしい
パンを
下すった
おじさんにね


娘や
わかったわ
でも
一つだけ
きちんと
覚えておくのよ



おかあさま
おぼえておくことってなあに 



娘や
その時というのは
その時にしかないの
あるとするなら
それはたまたま
チャンスが
あったってことなの



ちゃんす?



そう
チャンス
チャンスは
いつだって
訪れるものでは
ないわ
だから
その時を
おしゃべりで
ふいにしないことが
大切なの 
 



おかあさま
おしゃべりは
よくないことなの?



娘や
おとうさまと
おしゃべりして
どんなだった




おかあさまおとうさまと
おしゃべりして
うんと
たのしかったわ




そうね
おしゃべり
っていうのは
うんと楽しいものね
おかあさまも
大好きよ
けれど
大切な事を
忘れてしまう程の
おしゃべりは
おしゃべりが
過ぎるというものだわ


 
 
さあさあ
娘や
おじさんの
ところへ
行っておいで
その時が
過ぎてしまう前に
 
 
おとうさま
おかあさま
いってまいります
 



あなた
今日は質問責め
だったようね



ううん
私が話しを
したかったのだよ



そうなの



ああ
あの子も
段々と
大きくなって
いくからね



ええ



いつか
質問さえ
してくれなく
なる日が
来るかもしれない



ええ



それに
明日何が
起きるかなんて
分からないからね
今を大事に
しようとね
思ったのだよ
 



あの方は
まだ
渡れないのね



ああ
まだ
渡れないようだね



もう何年に
なるかしら



そうだね
けれど
私達が
ここに
初めて来た時より
随分薄らいで
きたようだね



そうね
あの頃はまだ
はっきりして
いましたものね



少しずつ
少しずつ
だね



そうね
少しずつ
少しずつ
ですね
 


かあさん
私が先に
逝ったら
早く次の
幸せを
見つけるのだよ



あなた
いわれなくとも
早く見つけるわ
あなたも
早く見つけてね



それは
難しいな



あら
ずるいのね



 
 

おとうさま
おかあさま
おじさんに
ごあいさつ
してきたわ



そう
ちゃんと
ご挨拶できたかしら



おかあさま
ちゃんと
ごあいさつ
できたわ



そう



わたしたちは
じきがきたから
わたるの
じきというのは
さいりょうのときなの
だから
わたしたちは
わたるのと
いったの
そうしたら
じきがきたら
またあおうねと
おじさんが
いったの
それから
いつも
おいしいパンを
ありがとうと
いったの
そうしたら
こちらこそ
たべてくれて
ありがとうと
おじさんが
いったの
それから
それからね
  





 






 -おわり-