渋治の書庫

渋治の書庫

メンテ中

センチメンタル

 
麻子はたくさんの咳をし
ましたから、同い年のと
なりの都ちゃんは怖くて
怖くてしかたなかったの
です。




……あさちゃんはなんで
いつもおかおがあかいの。
なんでコホコホばかりし
ているの。……




生まれたてのほわほわの
産毛をまといメジロのよ
うにくりくりとまん丸い
目をした都ちゃん。小首
を少し傾けまるで無垢に
そういう都ちゃんは、そ
れからこうも言いました。





……あのね、みやこの
おとうさまとおかあさま
がいってたよ。あさちゃ
んはこわいおびょーきな
のだからちかよっちゃな
らないよって。だからみ
やこ、もうあさちゃんと
そばないの。……
 
 



私はその頃まだ十才で中
途半端に大人になりかけ
でしたし、麻子は当たり
前のようにあたしより全
てが子供でしたし、本当
は都ちゃんみたく雨の日
に赤い長靴をはいて水た
まりをぱしゃぱしゃして
みたかっただろうし…。
都ちゃんはあの日はしゃ
ぎすぎて転んでしまって
ひざ小僧を思い切りスリ
むいてしまってあんあん
と泣きじゃくっていたの
だけれど、そんなことも
麻子は羨ましかっただろ
うし、それに、それに…
転んだのはあたしのせい
だなんて都ちゃんが言う
もんですからあたしはも
う、麻子の為というより
、自分の為に都ちゃんと
は絶交してしまいました
から、麻子には悪いこと
をしたなと思いましたが

 

 

お母様は私に、佳子はお
ねいちゃんなのだから麻
子をかわいがってやらな
くてはね。麻子はご病気
なのだから丈夫なあなた
が守ってやらなくてはね
。などといいましたが、
私は学校のお友達と遊ん
だり、帰り道に同級生の
町子ちゃんみたくくじ引
き屋さんに寄って苺アメ
にしようかヨーグルトに
しようかとか、銀色の眼
鏡の形をした赤やら青や
ら黄色をした丸いチョコ
レートを指でぷすっと二
、三個取り出してコロッ
と口にほおりこんで、そ
れから、それから…
     ・
     ・
     ・
   




   * * *




おねいちゃん、どうしたん




…ずずっ…




おねいちゃん、おなかいたいん




うるさいっ!!




あさこ、おなかさすってやろか




…うっ…




おねいちゃん、なあ、おねいちゃーん




…るい…んや…




……




…あんたが悪いんや




…おねい…ちゃん?




あんたが悪いんや…あんたがいけんのやーっ!!
あんたが弱いけんいけんのやーーーっ!!
うあーーああーーん





…おねいちゃん…





うあーーああーーん





おねいちゃん、なあ、おねいちゃん、
あたしがいけんの?
あたしがいけんかったん?





うるさいっ!!





ごめんな、ごめんな、おねいちゃん





うるさいうるさいっ!!





おねいちゃん、おねいちゃん、
もうあさこのことすかんの?






…うっ…ぐっ…うる…ざ…うあーああんーん 


   



 

     ・
     ・
     ・
     ・




都ちゃんを突き飛ばした
のは私です。町子ちゃん
のお気に入りなお花の匂
いのする鉛筆を隠したの
は私です。麻子にひどい
ことを言ったのは私です
。お父様とお母様の私に
ならなくてごめんなさい
。私はとうとう十五歳に
なってしまいました。あ
んな悪いことをしたのに
私は制服を着ています。
もともと色の白い顔に襟
元の白が反射してますま
す白くなった気がします
。なんだかすっかり身綺
麗になった気もしますが
、その透ける肌の奥に最
近見え隠れするなにか黒
いシミのようなものが私
には気掛かりです。この
黒いシミはこれからます
ます広がっていくでしょ
う。
 


勉強も今よりもっとしま
すし、お友達も今よりも
っとできますし、いろん
なことを今よりもっとも
っと知りますし、そうや
っていろんなものが入っ
てくるとこの黒いシミは
ますます広がってゆくの
だと思います。そうなっ
たら今よりもっと恐ろし
いことをしてしまうと思
います。それがわかって
いるのですから、こうす
ることは仕方のないこと
だと思います。きっと、
穏やかで聞き分けのよい
お父様も、綺麗で頭の良
いお母様も、黒いシミが
あるはずです。ただそれ
を見せないように上手く
隠しているに違いありま
せん。大人はみんなそう
だと思います。大人とは
そういうものなのだと思
います。それが大人にな
るということなのだと思
います。私は白い肌が自
慢です。私は綺麗な物が
好きです。だから、これ
以上シミを作りたくない
のです。


  
私をなんてバカな子と思
うでしょうか。なんて可
哀相などと悲しむでしょ
うか。それとも、みんな
を苦しめた私をいい気味
だと笑うでしょうか。け
れど、どうかあまり長く
私のことを考えたり悩ん
だりしないで下さい。私
はこうするしかないと思
いましたし、今の私に出
来ることはこれしかない
と思いましたし、本の読
み過ぎだとかなにかにか
ぶれたわけでもありませ
ん。ただ、みんなが幸せ
になればいいなと思った
だけのお話しですし、い
い加減、肩の荷を降ろし
たくなった。それだけの
お話です。そして、それ
は全て私の意思なのです
からみんなに責任はあり
ません。だから、お父様
やお母様や麻ちゃんや、
それから都ちゃんや都ち
ゃんのお父様お母様を悪
く思わないで下さい。お
願いします。



最後にもう少しだけ書か
せて下さい。きっとこれ
で、あなたも救われると
思います。そして、明日
からまた新しい気持ちで
あなたの生活を始めるこ
とができると思います。
 


麻子は元気です。麻子は
家から少し離れたおじい
ちゃん先生と呼ばれるお
年よりの先生のいる病院
薬をもらって二週間くら
いですっかり元気になり
ました。都ちゃんも元気
です。ひざ小僧の傷も二
日でかさぶたになって三
日目にはかゆくなったら
しく、都ちゃんがいじっ
ている間に皮がむけて見
事綺麗になったのですか
ら。麻子と都ちゃんはそ
れから毎日遅くまで遊ん
でいましたし、だいたい
、うちの親も都ちゃんち
の親もおおげさなのです
。たかが流行り風邪(後に
なって分かりましたが)
なんかによってたかって
騒ぎ過ぎです。そんなつ
まらないことで大騒ぎす
る大人たちに、いつの世
も何も知らない子供たち
は振り回され悩まされも
てあそばれるばかりです
。ほとほと大人が嫌にな
りました。けれど私もき
っと同じような大人にな
ると思います。だって、
みんな同じ人間ですもの




長くなりました。
それでは行きます。



みなさん、
お元気で
ごきげんよう
さようなら。
 



 来月十六になる
 はずだった佳子より